文学と香り…シェクスピアより
シェクスピアの作品には、様々な香りやにおい(必ずしも良い匂いだけでない)が登場する。彼は五感によってとらえられる感覚の中で、とかく軽んじられる嗅覚を、きわめて重んじていたのではないかと思う。
例えば、ソネット54に次のような詩旬がある。
薔薇は美しく見える。だが、より美しく思われるのだ。甘美の香りがあればこそ。
この詩で彼は、バラと同じ色を持ちながら香りにおいておとる野バラに言及して、見かけの美に終わらず香水の原料にもなるバラの方をたたえ、さらに香りを詩にたとえているのだ。嗅覚というものは、感覚の中でも人間の本能的な部分と最も強く結びついているという。その嗅覚を大切に考えるという基本的な姿勢が、彼の作品にひときわ生彩を与え、その時代の人々の暮らしぶりや人間性を生き生きと伝える理由になっているのではなかろうか。
また当時は、食物にも豊かな香りがくわった。輸入品のスパイスや果樹園でとれた果物、ハーブや花などが風味を添えた。「レディのための喜び」には、シェークスピア作品に登場するジンジャーブレッドの作り方や、マルメロの料理法なども載っている。
ポプリについては、その言葉自体は英国に伝わっていなかったが、それらしきものは作られていた、と香料関係の本にある。
●夏の夜の夢 第二幕第二場
・・・その堤は野生のタイムが花盛りで
オクスリップと風に揺らる
スミレが茂り、
甘美なハニーサックルや
甘い香りのマスクローズや
エグランティンの天蓋に完全に
被われいてる
このくだりが象徴するように「夏の夜の夢」はかぐわしい夢の世界の恋物語である。
●冬物語 第四幕第三場
ピリッとした香りの
ラベンダー、ミント、セイボリー、マージョラム
「冬物語」は、バーディタのフラワー・カタログで有名だ。また、「冬物語」には「ダマスク薔薇同様に香る手袋」ポマンダー・香水などを売る小間物屋も登場するし、ナツメグ・ジンジャー・サフランも出てくる。
●ロミオとジュリエット 第二幕第三場
この柳細工の籠を
毒草や貴重な液を持つ花などで、
いっぱいにしなくてはならなぬ
これは毒草に詳しい層ロレンスのセリフである。彼が作った薬がジュリエットを仮死の状態にし、ロミオは早まって本物の毒を飲んで息絶える。二人の結婚のために用意された花やハーブは、そのまま墓に撒かれることになる。
また、ロミオとジュリエットの出会いの場面のパティーの裏側で・・・料理の味に足すスパイスを出すのに、主人が鍵を使用人に渡す、という事で当時スパイスが高価なものだと語っている。
●リア王 第四幕第六場
リア 合言葉を。
エドガー スィート・マジョラム。
リア 通れ。
これはリア王が野草の冠を頭に、ヒースの茂野草を棲家としているときのやりとりである。実の娘達に裏切られ絶望するリア王のいたましさ。英国の荒野で摘んだヒースや草の穂、海岸に生えているサムファーなど作中に現れる。
●オセロ 第五幕第二場
その薔薇を摘めば
再び命を与えることはできない
必ずしおれてしまうのだ
枝にあるうちにその香りをかごう
これはオセロがデズデモウナの命を奪う直前のセリフである。愛憎の極み。
以上 ハーブ&ポプリ研究家 熊井明子氏より
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